新三役 令和6年5月22日
第67回定期大会において新役員が選出されました
役職名 | 氏名 | 所属組合 | 区分 |
会 長 | 佐々木 正美 | 仙北東部 | 新任 |
副会長(会長代行) | 田村 喜代宣 | 能代山本 | 留任 総務・事業部担当 |
副会長 | 櫻庭 義明 | 潟上 | 留任 青年対策部担当 |
副会長 | 出雲 義英 | 大館 | 新任 厚生部担当 |
副会長 | 武田 一範 | 羽後町 | 新任 技能養成部担当 |
専務理事 | 木原 忠悦 | 大内 | 新任 |
会計理事 | 吉野 一雄 | 大曲中央部 | 新任 |
監 事 | 長谷部 金一 | 大館 | 留任 |
監 事 | 髙橋 留男 | 十文字町 | 留任 |
監 事 | 東屋 浩 | 鹿角 | 新任 |
新理事(常任理事)県内の単組より地域別に新理事21名(常任理事13名) が選出されました
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団体の設立経緯(目的)及び概要 |
昭和32年4月1日 当時の石田博英労働大臣(自民党)と川口大助秋田市長(社会党)が共同で職人組織を作り
秋田県最初の労働保険事務組合として成立させる
昭和33年2月13日 石田労働大臣(当時)が全県に旧市町村単位で設立された単組のうち9つの単組で県連合会設立を呼びかけ県連合会が発足
昭和35年4月1日 秋田県が職業訓練の場として秋田県建設技能センターを竣工(県の第3セクター 財団法人秋田県建設技能センターが成立)
昭和42年11月1日 大鵬親方夫妻を招いて創立10周年記念として全県技能競技大会を開催
昭和45年10月20日 全国建設工事業国民健康保険組合 秋田県支部が成立
昭和46年9月1日 全国中小建築工事業団体連合会に参加(後に(一社)全国中小建築工事業団体連合会(令和2年解散)に参加
昭和51年1月3日 職業訓練法人 秋田県建設技能協会 成立 秋田県の職業訓練事業へ1000万円の寄付
昭和51年4月1日 財団法人 秋田県建設技能センターを解散し、職業訓練法人秋田県建設技能協会が施設を引き継ぐ)
昭和62年2月13日 2代目となる秋田県建設技能センター竣工
平成元年8月1日 秋田県と共同で秋田県の住宅のあり方をまとめた「秋田の住まい標準図集」発刊
平成3年10月1日 秋田型展示住宅を秋田市御野場、能代市、五城目町(平成5年)に建築
平成22年3月21日 東日本大震災について政府から震災対応を住宅生産団体連合会へ説明があり応急仮設住宅をプレハブ協会にくわえ、
(一社)全建連内に設置した工務店サポートセンター(現在の(一社)JBN全国工務店協会)へも委託。
応急木造仮設住宅 を福島県へ500棟となる。
それとは別に秋田県連は宮城県優良住宅協会庄司会長と金森会長(当時)の人的協力支援について応急木造仮設住宅建築
時に建築職人派遣で協力をすることを決定。
平成22年5月10日 秋田県より宮城県優良住宅協会へ建築大工100名余りが東松島と亘理にて交代制で応急木造仮設住宅1000棟余りの
応急木造仮設住宅建築に協力
平成23年10月18日 宮城県大観荘にて震災で被害を受けてた青森県優良住宅協会、岩手県中小建築業協会、(一社)宮城県優良住宅協会、
茨城県中小建築工事業協会とともに(一社)北海道建築工事業組合連合会、秋田県建設技能組合連合会、
山形県優良住宅協会、が「災害時相互支援協定」を結ぶ
平成24年3月24日 団体内に工務店集団「秋田杉匠の会」を設立し、(一社)JBN全国工務店協会に参加する
平成25年3月29日 秋田県と「災害時における被災住宅の応急修理に関する協定」
「災害時における木造の応急仮設住宅の建設に関する協定」を締結する
令和5年7月16日 7月14日~16日の秋田県豪雨災害にて秋田県より名簿要請。「災害時における被災住宅の応急修理に関する協定」
に基づき全県から応援可能工務店140余社、秋田建築労働組合から職人50余名は登録。災害被災地自治体へ
交付される。